本音で語る日本の社会

日本で話題になっている、様々な最新テーマについて、本音で批判します。

日本社会の、クレームへの過剰反応は、メディアが助長している。

おはようございます。チュインです。

 

日本では、過剰なクレーム問題が多いと認識しています。

 

電車の車掌が水を飲んだことに文句を言ったり、園児たちの声がうるさいから幼稚園や保育園などの建設を反対したりなど。

また、サービス業に従事している人であれば、客からのとんでもないクレームの逸話も

ずいぶんあると思います。

 

では、なぜ、このようなクレームをつける人が多いのか。

気になりませんか?

別にクレームをつけたことのある人を対象としたアンケート調査などはやったことがないので、これは、私の仮説になりますが、

 

マクロ的な視点からみると、大まかな原因はメディアにあると思うんですよね。

 

・不祥事を起こした芸能人への批判

・不祥事を起こした政治家への批判

・たいした実績もない評論家をつれてきて、芸能人や社会を批判したり(おっと、ここは俺も同じかな!?w)。

・ワイドショーやお昼の番組とかで、芸能人が芸能人を批判する様子や、政治家が政治家を批判するような、プログラムを作って流したり

 

などなど。ある意味、メディアこそが、人が人を批判するような場を作っていると思うんです。それが、正しいか正しくないかは別として。

 

特に、人が人を批判する時というのは、相手の言動が気に食わないから批判するわけです。単にそれだけ。一応、それっぽい理屈をつけてはいますが、所詮は自分自身の価値観と照らし合わせて、間違っていると「判断」したら、もう容赦なく批判するわけです。

 

そして、このような批判のやりとりをメディアは、あらゆる番組、雑誌、新聞の社説などで、その批判のやりとりを、読者に見せているわけです。読者がその影響を受けないはずがない。なぜなら、メディアから発する意見に賛同する者と、反対する者は必ず出てきますし、そういう人たちがまた互いを批判し合うからです。

 

それだけではありません。

批判だけするなら、まだましですが、実際に自分の思い通りになるように仕向けることがやっかいなところです。

 

たとえば、最近、復興大臣が失言によって辞任しました。これだけではありません。なんか失言でもしたら、その人たちは追い詰められ、謝罪を要求され、責任を取る形でやめさせられます。これは、政治家だけではなく、芸能人やちょっと社会的な地位のある人が対象とされます。

 

つまり、過剰な批判、過剰なクレームによって、実際に社会的な地位のある人々をさんざんとこき下ろし、しまいには表の舞台から消します。

要は、実績を生んでいるんですよ。クレームによってね。

 

批判と批判による成果の獲得のシーンを、メディアを通して見せられた人々はそれに影響され、結果的にクレーマーを生んでいると思っています。

 

本当は、失言程度で政治家は辞任する必要はありません。なぜなら、どのみちそこに付け込んで批判する人は、メディアに出てる評論家であって、普通の国民はそこまでしません。多少怒っても、辞任させるためのデモなどはしないから。日本人はそうでしょ。

 

でも、やめさせられる。ネチネチと裏で電話かなんかでクレームをつける人や、しつこく批判する記者や評論家のせいで、イメージが悪くなるから、やめざるをえないという判断になるだけですから。

 

国民の大半は、そこまで実際は興味はないんです。まぁ、今回は震災の件での失言でしたから、普通の失言とはまた質が違いますがね。

 

とにかく、

 ①お互いを批判しあう、場を提供するメディアと、

 ②メディアの批判に安易に屈してしまう、社会的地位のある人

のせいで、自分がクレームをつけてそれに対応するのは当たり前だ!みたいな風潮を

作っていると思いますね。