本音で語る日本の社会

日本で話題になっている、様々な最新テーマについて、本音で批判します。

「社畜」とも言われる日本のサラ―リマン。その原因は、国民そのものが「国畜」だからである。

どうも。チュインです。

 

さて、今回は日本人特有の言葉でもある、社畜について語りたいと思います。

ウィキによると、

 「社畜とは、主に日本で、社員として勤めている会社に飼い慣らされてしまい自分の意思良心を放棄し奴隷家畜)と化したサラリーマンOLの状態を揶揄したものである。「会社+家畜」から来た造語かつ俗語で、「会社人間」や「企業戦士」などよりも外部から馬鹿にされる意味合いを持つ。」とされる。

 

 つまり、社畜は、自分自身が経営人によって理不尽な待遇を受けているにもかかわらず、逆らうことをやめ、行動することを諦めた人々のことを言います。

 これは大企業や中小企業問わず、幅広い規模・業界のサラリーマンに該当するような、ある意味普遍的な社会現象と考えても無理はありません。

 

 ここで、私は疑問を感じました。

なぜ、ここまで社会現象にもなるような状況にまでなったのか?

単なる個人の問題というよりも、国民性に原因があるのではないかと。 

 

 考えてみたら、ありました。

 そう、日本人の国民性自体が、上に逆らわず多少の理不尽があっても我慢する体質であることです。その具体的な事例が、今の政権に対する完全なる「無関心」です。

 

 今、政治の世界では、森友学園問題や加計学園問題などの大きなスキャンダルが

相次いでいます。それだけではなく、テロ等準備罪などに象徴される様々な法改正、

憲法改正の議論もあります。

 

 各問題がヒートアップする度に、メディアでは多くの有識者による批判あるいは擁護の声が多数発生していますが、国民レベルで嘆願書を提出したり、抗議デモを行うようなことは一切ありません。

 国民全体でのレベルですよ。市民団体のレベルではありません。

 

 勘違いしてもらいたくありませんが、別に今の政権のスキャンダルないし法改正に対して無条件に反対しろと言ってるわけではありません。その逆もそうです。

 森友問題の件でよく聞く政府擁護者の声として、

  「そんな些細なことで国政を遅らすな!もっと大事なことがあるだろう!」とか。

  「仮に本当だとしても、だからなんだ!自民党に代わる政党もないんだし、このままでいいよ」というものをよく耳にします。

 

 まぁ、どのように受け止めるかは、個々人の考え方の問題なので、別にいいですが。

 でも、そこまで言うなら、

   何か、行動でも起こせばいいんじゃないの?って思うわけです。

 

 とあるネット掲示板やコメント欄に書くのも自由ですが、

ふっちゃけ、そんなんで世の中変わりますか?

 その程度の意思で、本当に自分の思い通りになると思いますか?

 

 ならないでしょう。

 

 憲法改正の問題もそうだし、集団的自衛権の行使の問題もそうですが、かなり日本国民全体にとっても重要な議案があるわけですよね。

 

 でも。何もやらない。せいぜい選挙があったときに投票するだけ。ネット掲示板で文句を言うだけ。あまりにも受動的で、消極的で、陰湿です。

 

 結局、賛成反対かかわらず、いろいろ不安や文句を言ってる割に、

お上の最終決定に身をゆだねるわけです。結局、政治家やマスコミに丸投げなんですよね。そのくせ、自分の気に入らないことを言う人がいれば、炎上レベルまで批判しまくる。ネットの世界だけで(笑)

 

 情けない話だと思いませんか?

政府野党議員なんかに、批判ばかりして全然国政が進まないじゃないか!という話は

非常に良く聴きますが、

 いや、お前らも同じだろう。何自分だけは賢くて気品あるつもりでいるんだよ。って思うんですよね、私は。少なくとも、行動で示している政治家のほうが全然ましに見えます。

 

 ここで、冒頭に戻りますが、

この構図って、会社の中と非常に似てませんか?

 無能な管理職や経営人を影では批判したり、バカにしている割に、自分たちはなにもせず、結果的に理不尽を受け入れ続けています。

 それじゃ、環境が変わるはずもないです。当たり前の結果ですよね。

 

 だから、結局社畜根性というのは、「国畜根性」に由来するものだということです。

 まぁ、今のところ、それが改善する見込みが無いのが悲惨なところであり、

日本の衰退を物語っているとも言えるでしょう。