本音で語る日本の社会

日本で話題になっている、様々な最新テーマについて、本音で批判します。

流行りつつある教養至上主義。しかし、真の教養は既に人類歴史の2000年前に生まれ、今でも生きている。

どうも。チュインです。

 

最近になり、なんだか「教養」という二文字が流行りつつあるな~と感じています。

 

国内では、経済ニュース専門のネットメディアのNews PicksがNewsPicksアカデミアを

展開しています。

NewsPicksアカデミア、イベントの動画配信を開始します

これはいわゆる国内外で活躍しているイノベーティブな人々を講師として

招き、その人たちの体験や考え方を生で見聞きできる場を提供しています。

 

特に、その中でも、堀江貴文氏が現代人に求められる生き方を指南した『多動力』の教養書がとても流行っているようです。

既に20万部以上売れているベストセラーになっているようですね。

 

これは、人々が成功者の体験談を見聞きし、その考え方や体験を知って、自分のさらなる成長や有意義な人生を送るためのヒントを探している結果だと思います。

 

ゆえに、経済だけではなく、アート、スポーツ、教育、地方の発展、テクノロジーなどのあらゆる分野をかじりながら、より良い社会を目指しているでしょう。

 

それ自体は非常に良いことだと思いますが、なんだか、それらを教養と称するのは、いささか浅いのではないかと思うのですね。

 

そもそもですが、教養の本質は、「秩序」と「普遍的価値」にあります。

 

たとえば、ものすごく苦労しながらも周りの人との助けや、よき出会いなどを通じて

成功した人がいたとしましょ。

その人は、自身の経験をもとに、自分を助けてくれた人々の感謝をこめて、

より良い社会を作っていきたい! 人に感謝する習慣をつけることが重要だ!と思うかもしれません。そして、その考え方を周囲に広めていくでしょう。

 

それは、いわゆる教養人のように見えますが、ただ、その人の考え方はただ単に、彼自身が経験してきた人生の中で、導き出した「主観的な考え方」にすぎないのです。

 

不幸な環境や恵まれていない環境で生きてきて、成功もできず、よき人間関係にも恵まれず、ただ単に生きているだけの人からすれば、成功者バイアスにすぎないと思われるかもしれません。

 

つまり、本当に教養というものを、世の中に広めていくためには、誰もが、どんな環境にいる人でも同感できる、「普遍的価値」を内包する必要があります。

 

そして、単に「普遍的価値」を広めるだけではなく、それを「秩序」として

成り立たせる必要があります。これは法律による秩序ではなく、思想としての秩序です。法律は政治家の判断でいくらでも変えられる流動的なものですが、思想はその国の文化そのものであるため、そう簡単に変えられるわけではありません。

 

そして、教養の思想が根付くには、文化として世界に根付かせることがもっとも重要なのです。

 

ゆえに、アートやスポーツ、本、有名人からの生講義などは、所詮は主観的で、個々人の経験面に偏った考え方であり、世界の人々に知らせるには無理があります。

 

それでは、この世で、人類歴史で最も幅広く受け入れられている教養は何でしょうか?

 

それこそが、宗教です。

 

宗教は神による人間の価値を唱え、良くも悪くも宗教の力によって人類歴史は進んできました。2000年前、イエスキリスト教を起こし、ムハンマドイスラム教を引き起こし、その脈は今でも受け継がれています。

 

まさに、これこそが、時代や人種に関係なく、文化として、秩序として、次世代に受け継がれている宗教の最大の特徴といえます。

 

もし、本当に教養を中心とした社会にしたいのであれば、宗教への探求は必要不可欠です。逆に言えば、宗教を学ばない人の教養論ほど、うすぺっらいものはなく、所詮は個々人の経験談のレベルを超えることができないということですね。